2025/12/03
サプリの製造・販売が「免許制」に?高まる規制議論の行方
2024年3月、紅麹を配合したサプリメントによる健康被害が発生し、市場全体に大きな波紋を広げたことは記憶に新しい。
これを受け、厚生労働省は消費者庁と連携し、食品衛生法上の営業許可業種に「サプリメントの製造・販売」を追加するかどうか、今年度中に検討する方針を示した。
現在のところ、健康食品の販売行為自体を直接規制する法律はない。
製造に関しても、自社で行う場合、その形状に応じて「菓子製造業」「粉末食品製造業」といった既存のカテゴリの許可を取得しているのが実情だ。
今回の検討は、サプリメントが営業許可の対象外となった2018年の食品衛生法改正の流れを大きく覆す可能性を秘めている。
もしサプリメントの製造・販売が免許制となれば、業界、事業者、そして消費者にとって、どのような変化が起こるのだろうか。
ポジティブな変化:規制強化がもたらす「信頼」
免許制導入は、短期的な負担増につながる一方、中長期的には業界全体の健全化と信頼性向上という大きなメリットをもたらすと推測できる。
現状で考えられるポジティブな変化を以下に挙げてみたい。
品質・安全性の向上
サプリメントの製造・販売が免許制になると、製造設備や検査体制などが厳しく審査される可能性がある。
これにより、粗悪な原料や偽表示、無検査品が市場に流通するリスクが大幅に減少することが期待できる。
既存の「機能性表示食品」などの枠組みに加え、免許制が導入されれば、消費者に対して「許可を受けた事業者の製品」という強い信頼感を与えることになるだろう。
表示・広告の適正化
免許制の導入により行政の監視が強化されれば、「飲むだけで痩せる」「病気が治る」といった医薬品的な効果効能をうたう表現や、誇大広告の抑制が期待される。
本来、広告表現を直接規制するのは薬機法や景品表示法であり、食品衛生法ではない。
しかし、免許制が導入されれば、営業許可の審査や更新の過程において、行政側が法令遵守状況を確認する機会が増加することになる。
さらに薬機法違反が発覚した際、営業許可の停止や取り消しといった強力な行政処分が下される仕組みとなれば、事業者に対する抑止力は格段に高まるといえるだろう。
このように規制当局による監視体制が厳格化されることで、違法行為のリスクが低減し、科学的根拠に基づいた適正な情報提供が促されることが見込まれる。
市場の健全化と再編
免許制が導入され、審査や登録にコストがかかるようになれば、品質管理体制がきちんと整備されていない小規模事業者や副業的な販売業者が市場から淘汰される可能性もある。
結果として、競争環境が整理され、品質への投資を惜しまない健全な企業が市場に残ることで、業界全体の成長につながると考えられる。
ネガティブな変化:事業者と消費者が負う「リスク」
サプリメントの規制強化は、もちろんメリットばかりではない。
事業者のコスト負担増や、消費者への影響といった課題も同時に発生する。
たとえば、以下のようなネガティブな側面にも目を向けておく必要があるだろう。
参入コストと負担の増加
厳格な形での免許制が採用された場合、許可申請手続き、設備基準の導入、定期的な報告義務、監査・検査など、事業開始および維持に必要なコストが大幅に上昇することが考えられる。
特に、経営資源に制約がある中小企業やスタートアップにとって、新規参入の障壁は高くなる可能性も。
過度な規制が競争の低下につながるおそれもあるため、コストと安全性のバランスがカギとなるといえるだろう。
価格上昇と選択肢の制限
製造費、審査費、維持管理費といった事業コストの上昇は、最終的に消費者価格に転嫁される可能性が高い。
また、小規模ブランドの撤退や参入困難化により、市場に出回る製品の多様性が失われ、消費者の選択肢が制限されることも懸念材料の一つといえるだろう。
そのため、「あまり売れないが、一部の人には需要がある」というようなニッチな商品は、採算が合わなくなり製造中止になる懸念もある。
イノベーションの遅延リスク
製品化に国の許可が必須となれば、審査に時間や労力がかかり、新しい成分や独自の配合技術、研究成果を反映した製品の市場導入が遅れる可能性がある。
特に、スピード感が求められる機能性表示食品などの分野において、審査体制がボトルネックとなり、技術革新が抑制されるおそれが出てくることも否めない。
焦点は「許可」か「届出」か? サプリ管理の今後
今回の規制議論の焦点は、単に「サプリメントの製造・販売を免許制にするか」という点だけではない。
紅麹問題の根底にあった「行政が市場の事業者を網羅的に把握できていない」という構造的な課題の解消に主眼が置かれているという。
そのため、営業許可業種化が見送られたとしても、何らかの管理強化が行われる可能性があるといわれている。
具体的には、サプリメントを取り扱う事業者を正確に把握し、事故発生時に迅速に対応できるよう、その販売に関する営業届出の義務化の必要性が審議される可能性がある。
事業者への実務的影響
許可制導入の場合
施設基準、衛生管理、検査体制などへの大幅な初期投資と、許可維持のための継続的な管理コストが発生する。
届出制導入の場合
施設基準は不要だが、事業者は行政に販売情報を正確に届け出る義務が生じる。
これにより、行政の監視の目が届きやすくなり、事故発生時のトレーサビリティ(追跡可能性)が強化される。
企業は、今後の制度設計が「許可制」と「届出制」のどちらに転ぶかに関わらず、自社の品質管理体制を見直す良い機会と捉えてもよいだろう。
まとめ
この免許制導入の議論は、事業者に実務的な変化と新たな投資を要求する。
最終的にどのような制度となるかに関わらず、事業者、消費者、そして行政のそれぞれが異なる影響を受けることになるだろう。
事業者(製造・販売業者)への考えうる影響
コスト増
許可申請手続き、設備基準適合、品質管理、検査・監査への対応など、事業開始・維持コストが上昇する。
投資の必要性
設備や品質管理体制への先行投資が不可欠となり、特に中小企業にとっては大きな決断となる。
マーケティング優位性
サプリメントの製造・販売の許可取得は「信頼の証」となるため、これをマーケティングに活かせる企業は優位性を確立できる。
消費者への考えうる影響
安心感の向上
粗悪品が減り、製品の安全性に対する信頼が高まる。
価格と選択肢
製造コスト増加により製品価格が上昇したり、小規模事業者の撤退により選択肢が減少したりする可能性がある。
現実的な落とし所としては、既存の「機能性表示食品」の審査厳格化や、工場のGMP(適正製造規範)の義務化といった、中間的な規制強化に落ち着くのではないかと見る向きもある。
すでに2026年9月より、機能性表示食品の錠剤・カプセル剤等と、特定保健用食品(トクホ)については、GMPへの適合が完全義務化されることが決まっている。
この義務化対象の範囲が、今後さらに広がるかどうかが焦点となるだろう。
サプリ規制がどこまで実現するかは未確定だが、今後の動向は業界の構造を左右する重要なカギとなるに違いない。
参考:2025年11月21日「厚生科学審議会食品衛生監視部会」配付資料「サプリメントに関する規制のあり方の検討に係る厚生労働省と消費者庁の所掌について」(厚生労働省)